二匹のサル王

昔、バーラーナシーの都に、賢いサルの王と愚かなサルの王がいた。二匹のサルの王は、それぞれ五百匹のサルの群れを率いて王宮の庭に住んでいた。庭は広く、緑濃い森と草原があり、澄んだ水をたたえた川も流れていた。周囲は、密猟者や猛獣の侵入を防ぐため、高い塀が巡らされていた。
そして、近くに神殿があった。

ある日の午後、一匹のいたずらなサルが、群れを離れて庭のアーチ型をした門の上に座って、馬屋の飼い葉桶(おけ)からかすめてきた豆を食べていた。少し離れた木陰では、仲間のサルたちが、ノミを捕ったり、木の実をかじったりしていた。いたずらザルは退屈していた。なにかいたずらの種はないかと、辺りを探していた。
その時、神殿の方から年老いた司祭がやって来た。司祭は、たった一人だった。閑かな足取りでアーチの門をくぐると、サルたちのいる木の前を通って川の方へ歩いていった。
門の上でぼんやりと司祭を見送っていたサルの目に、小柄な司祭の頭が映った。
「よし、あの頭の上に糞(ふん)をかけてやれ。」
いたずらザルは、チビの司祭がどんな顔をして怒るか、想像しただけで楽しくなった。司祭は木陰でしばらく物思いにふけってから、気持ちの良い流れで沐浴(もくよく)をした。そして、さっぱりとした顔で門の方へもどってきた。
いたずらザルはアーチの門の上で、しりを持ち上げて待っていた。司祭はゆっくりと門に近づいた。サルのしりから、勢いよく焦げ茶色の糞(ふん)が出た。豆を食べたせいか、少し柔(やわ)らかめの糞(ふん)が頭の上にかかった。
「なにをするか、このいたずらザルめ。」
小柄な司祭は手を振りあげてどなった。しかし、サルは平気な顔で、門の上からもう一度柔らかい糞(ふん)をした。運悪く、糞(ふん)は上を向いて大きく開けた司祭の口の中に落ちた。
司祭は慌(あわ)てて庭の流れへ駆(か)けていくと、口をすすぎ、もう一度沐浴(もくよく)して髪の毛を洗った。そしてすでに門から逃げて仲間たちのいる木の上に登ったいたずらザルに向かって、大きな声で言った。
「覚えておれ、いたずらザルめ。きっとお前を懲(こ)らしめてやる。」
近くでこのいたずらを見ていた一匹のサルが、賢いサルの王に、この出来事の一部始終を知らせた。その話を聞いた賢いサルの王は、しばらく考えていたが、五百匹の仲間のサルたちを集めて話した。
「この王宮の庭は安全でたいへん住み心地の良い所だったが、残念ながらよその場所へ移るべき時が来たようだ。我々サルに恨みを抱く人間がすぐ近くに住んでいる所に住み続けると言うことは、危険すぎる。司祭は、必ず我々に恨みを晴らそうとするだろう。司祭にとって、サルはすべていたずらザルに思えるはずだ。さあ、わたしといっしょに、新しい住みかを探そう。」
そして、別の群れの五百匹のサルたちにも、そうすべきだと話した。しかし、愚かなサル王は賢いサル王の話を聞くと、笑いながら言った。
「そんな必要はない。あんなチビ司祭になにができるか。サルがすべていたずらザルに見えるのなら、どれがあのいたずらザルか分からないので、恨みを晴らす方法がないではないか。」
愚かなサル王の笑うのを見て、仲間の五百匹のサルたちも同じように笑って、賢いサル王の忠告に耳を貸さなかった。
賢いサル王に率いられた五百匹のサルたちは、その日のうちに一匹残らず王宮の庭を去り、新しい住みかの森に移った。愚かなサル王と五百匹のサルたちは、相変わらずのんびりと、王宮の庭にいた。
それから数日後、王宮の象小屋が火事になった。女の召し使いがひなたに広げて干しておいた米をヤギが来て食べ、怒った女が火のついたまきを投げたら、ヤギの毛に燃え移った。ヤギは逃げていって、火のついた体を、象小屋のそばにあった草小屋になすりつけた。草小屋は燃えやすい材料でできていたので、たちまち火がつき、隣の象小屋が類焼したというわけだ。
象たちはなんとか逃げ出したが、背中に火の粉を浴びてひどいやけどを負った。象医が駆けつけたが、やけどがひどすぎて手の施しようがなかった。
その話を聞いて、司祭はすぐさま心配そうに象の傷を見ていた王の所へ出かけた。年老いた司祭の来たのを知って、王は尋ねた。
「司祭よ。我々の象たちがやけどをしたが、象医は、ひどすぎて手がつけられないでいる。お前はなにか良い手当を知っているだろうか。」
司祭は象の大きな体を調べてから、王に言った。
「王さま。象のやけどには、サルの脂が良く効くと聞いたことがあります。ひとつ、サルの脂を試してみたらいかがでしょう。」
「しかし、こんな大きな体の象には、さぞたくさんのサルの脂が必要であろうが、今すぐ、どこでそれを集めたらよいのか。」
「王宮の庭に、何百匹とサルがいるではありませんか。」
王は喜んで、すぐに大臣にサル狩りを命じた。大臣は、弓矢を持った兵を王宮の庭の近くに集めると、叫んだ。
「王宮の庭に住むサルどもを、一匹残らず射殺して脂肪を集めてこい。すぐにだ。」
そこで、大仕掛けなサル狩りが始まった。家来たちが、塀から外へ一匹も逃がさないように、森や茂みから庭の中央へと追い立てた。追い立てられたサルたちはサル王に指示を仰いだが、愚かなサル王は慌てるだけでどうしたらよいのか分からなかった。そのためサルたちは、家来たちに追われるままに逃げ、身を隠す木の一本もない草原に集められて、待ち構えていた射手に、次々と射殺された。
愚かなサル王は、アーチ型の門の上に逃げ登ったところを、若い射手に胸を射抜かれた。愚かなサル王は胸に矢が突き刺さったまま、血を流しながらも枝に飛び移り、木から木へと庭の奥深くに逃げて、塀を乗り越え、たった一匹で、賢いサル王たちの住む森へ来た。しかし、森へたどり着いた時、息が絶えた。仲間のサルの知らせで駆けつけた賢いサル王は、森の木の根本で死んでいる愚かなサル王を見て、五百匹の仲間のサルたちを集めると、群れの中央に座って、今度の出来事から得た教訓を次のようにして、仲間たちに教え諭(さと)した。

恨みを抱く 残虐者

そんな男の いる場所へ
知恵ある者は 住みはしない
恨みの炎は 燃え盛り
不幸の火事を 呼ぶだろう

こんな理屈の 分からぬ者が

群れを率いて いたなんて
たった一匹の サルのため
ひどい話さ 皆死んだ

愚かなくせに 賢いと

うぬぼれ心に 捕らわれて
自分の心も つかめずに
群れを率いて いたなんて
悲しい話さ 皆死んだ

力の強い 愚かな王は

全くおとりと おんなじさ
ボスが仲間に 死に神を
呼んでみんなが 滅びるよ

力の強い 賢い王は

みんなに幸福 呼ぶだろう
天の幸せ しっかり守る
帝釈天(たいしゃくてん)が するように
これこそ善と いうものさ

戒めを 守り知恵あり 聞く耳を

しっかり持った 人ならば
自分と他人の いずれにも
確かな幸せ 呼ぶだろう

そんな賢い 人ならば

世界を支配し 人々に
幸福呼ぶか あるいはまた
出家して人を 救うだろう

ジャータカ404

類話:ジャータカ140、雑宝蔵経10・121話、根本一切有部毘奈耶破僧事20

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