竜の兄弟

昔、ヒマラヤのダッダラ山のふもとにある竜の宮殿に、竜の兄弟の王子がいた。兄はマハーダッダラ、弟はチュッラダッダラと呼ばれていた。

弟は怒りっぽい性質の乱暴者で、若い女の竜をからかっていじめたり、ばかにしたり、殴ったり、悪さの限りを尽くしていた。
王は弟の王子があまりに気性が激しいのを心配して、竜宮から追放するように命じた。これを聞いた兄のマハーダッダラは、弟によく言い聞かせ、父王に謝らせて、やっと王の怒りを解いた。
二度目にまた王を怒らせた時も、謝らせて追放を思いとどまらせた。三度目の時には、王はもう許そうとはしなかった。それどころか、いつも弟をかばう兄の王子にも腹を立てた。
「お前は、こんな乱暴なやつをしかるのをなぜ止めるのだ。ばか者、お前も弟も同罪だ。この竜宮から出て行け。いいか、バーラーナシー(現在のベナレス)の都の臭い便所の中に三年間住んでいろ。」
王は兄弟の王子を竜宮から引きずり出させてしまった。
仕方なく兄弟の王子は、王に言われた場所へ行ってつらい生活を始めた。兄弟が便所の水の中でえさを探していると、村の子供たちがやって来て土くれや木片を投げつけた。
「おい、この頭でっかちで、尾っぽに針のある竜を見ろよ。」
子供たちは竜の兄弟をはやし立てて、口々にからかった。
弟のチュッラダッダラは気性の荒い性質だったので、子供たちがからかって騒ぎ立てると、我慢ができなくなった。
「兄さん、この子供たちはおれたちの悪口を言ってるよ。おれたちにはものすごい毒があるのを知らないんだ。あいつらにからかわれているなんて、俺にはもう我慢できないよ。ようし、鼻風を吹っかけて、皆殺しにしてやろう。」
弟は首を立てて、恐ろしい牙をむき出していった。
「この猛毒を食らってみろ、おれたちの本当の強さを見せてやる。」
今にも子供たちに飛びかかろうとすると、兄のマハーダッダラは、弟の肩を押さえてうたを唱えた。

国を追われて 我々は
他国に暮らす 身の上ぞ
悪態雑言 吐かれても
それを丸ごと しまい込む
大きな蔵を 造りなさい
他人の素性 人の徳
いちいち知らぬが 当たり前
知らない人と ともに住み
自分が偉いと 思い込む
無意味な慢心 捨てなさい
故郷を離れて 住む者は
たとえ道理を わきまえて
自分が正しい 場合でも
愚かな人の ののしりに
強く耐えねば ならぬのだ

このようにして、兄弟の竜はそこで三年に月日を送った。

弟のチュッラダッダラは、時々牙をむき出して人々の悪口に怒りだすこともあったが、そのたびに兄の忠告を守り、目に涙をにじませて耐え、少しずつ我慢強くなっていった。
やがて父王の怒りは解け、兄弟は国に帰った。それからというもの。兄弟はわがままな心を抑えてほかの者のために尽くすりっぱな王子として尊敬を集めた。

ジャータカ304

類話:雑宝蔵経3・29話、六度集経5・48話

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