隠した財産

ある所に一人の年老いた地主がいた。地主には、親子ほども年の違う若い妻があった。二人は仲むつまじく暮らしていた。

やがて、二人の間に息子が生まれた。地主の喜びは一通りではなかった。
ところが、ある日のこと、地主の心にふと不安が宿った。
──妻はまだ年が若い。私が死んだら、きっとまただれかいい人を見つけて結婚するに違いない。そうなれば、この財産は子供に与えず、みんな使ってしまうかもしれない。
地主は財産を安全に子供に残す方法をいろいろと考えたが、そのうち、ある考えが浮かんだ。
「そうだ、それがいい。そうすることにしよう。」
地主は一人うなずくと、忠実な召し使いのナンダを連れ、ひそかに森へ出かけていった。森の奥のある大木の所まで来ると、地主はナンダに言った。
「お前の誠実な人柄を見込んで頼みがある。わしの一生一度の頼みだ。聞いてくれるか。」
「はい、わたしにできますことなら、どんなことでもいたします。」
ナンダは固くなって答えた。
「そうか、ありがとう。実はな、この大木の根元に、わしの財産を埋めようと思うのだ。」
「それはまた、どうしてでございますか。」
「お前も知っているように、わしの息子はまだ幼い。一人前になるには、よほど時間がかかる。ところが、わしは年老いて明日をもしれぬ命だ。妻はまだ若く、わしが死ねばきっと再婚するに違いない。息子に財産を安全に残してやるには、この方法しかないのだ。」
そこで地主とナンダは、人に気づかれないよう財産を運び出しては、ひそかに大木の根元に埋めた。すべてを埋め終えた時、地主はナンダに言った。
「わしが死んだら、この事を息子に教えてやってくれ。それまでは決して他言してはいけない。それに、妻には、この森を人手には渡してはならんと伝えてくれ。頼んだぞ。」
「承知いたしました。必ずお言葉の通りにいたします。」
それからしばらくして、地主は亡くなった。
地主は亡くなったが、妻は再婚しなかった。息子と家を守って必死に働いた。しかし、広い土地はしだいに手放し、残るのは森と自分たちの住む家だけになった。

息子がやっと成年に達した時、母親は言った。
「お前のお父さんは、ナンダと一緒に家の財産を森にお隠しになった。成長したお前に、そっくり渡すために。今からお前はナンダを連れて森へ出かけ、財産を掘り出してきなさい。そして、お父さんが生きておられた時のように、この家を守りなさい。」

息子はそれを聞くと、早速ナンダの所へ出かけていって尋ねた。
「ナンダじいさん。わたしの父が財産を残しておいてくれたというのは、本当ですか。」
「本当ですとも。ご主人さま。」
年老いたナンダは、目をしょぼしょぼさせて言った。
「それは、どこにあるの。」
「森の奥深くに埋めてございます。」
「それでは、そこへぼくを案内してくれないか。」
「いいですとも。」

それから二人は、それぞれ鋤(すき)とかごとを持って森へ出かけていった。ようやくのことで例の大木の根元にやって来た時、ナンダは急に立ち止まって言った。
「ご主人さま、わたしは年を取って、財産の埋め場所を忘れてしまいました。」
「それは困ったな。でも、こうして歩いているうちに思い出すだろう。」

息子はナンダをいたわって言った。
明くる日、また二人は森へ出かけていった。森中歩き回って例の大木の根元の近くまで来ると、ナンダの顔は急に引きつった。
「やはり、思い出せません。でも、あの財産は、長い間土の中に埋まっていて、腐ってしまっているかもしれません。」
「しかし、父親がせっかくわたしに残してくれた財産だ。見つけ出さないわけにはいかないよ。まあ、今日はこれまでにして、また明日探しにこよう。」
二人は疲れた足を引きずって、家へ帰っていった。
明くる日も、また明くる日も二人は捜しに出かけたが、なぜか、例の大木の近くまで来ると、ナンダの顔は険しくなり、なにかと理由をつけて家に帰りたがった。
こんなことの繰り返しが十日も続いた後、息子はがっかりして母に言った。
「ナンダは年老いて、財産の埋め場所をすっかり忘れてしまっています。あの広い森を全部掘り起こすなどとてもできるものではないし、残念ですが、あきらめるよりほかありません。」
「でも、あきらめるのはまだ早い。一度お父さまの友達だった隣村の村長を訪ねて相談してみなさい。きっとなにかいい知恵を授けてくださるはずです。」
息子は母親の言葉に従って、翌朝早速、隣村の村長を訪ねた。

村長は、息子から一部始終を聞くと、言った。
「何も落胆することはない。ナンダはすでに財産の隠し場所をお前に話しているよ。」
「えっ、それはどこですか。」
「ナンダがそこに近づくと、決まって不機嫌(ふきげん)になるという大木の根元、そこに財産は埋まっているはずだ。」
「それでは、今すぐ行って掘ってみます。ありがとうございました。」

息子は家に帰ると、早速ナンダを連れて森へ出かけていった。村長に教えられた大木の根元を掘ると、果たして財産は現れた。息子はそれを家へ持って帰り、昔どおりに家を守った。
だが、ナンダはすっかり元気を失って、おずおずと息子の前に出て言った。
「わたしは、前のご主人さまとの約束を決して忘れたわけではございません。いや、それよりも、あなたさまが一日も早く成長され、いっしょに財産を堀に出かける日を楽しみにしておりました。でも、一方で、財産の隠し場所を知っているのはわたし一人だということがなによりの生きがい、わたしの誇りになっておりました。あの大木の根元までやって来た時、わたしは例えようのない寂しさに襲われました。この財産を掘り出してしまえば、わたしの生きがいはなくなってしまうと思ったのです。そこでわたしはうそをついて、一日延ばしに延ばしてきました。ご主人さま、このような裏切りをしましたからには、もはやここにおいていただくわけにはまいりません。お暇を取らせてください。」
「いやいや、お前は長い間財産をまもってくれたわたしたちの恩人だ。お前は、初めから財産のありかをわたしに知らせてくれていた。ただ、わたしがそれに気づかなかっただけだ。裏切りなどとんでもない。これからも仲良くわたしたちと暮らしてくれ。」
息子は年老いたナンダの体をしっかりと抱きしめて言った。

ジャータカ39

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