竜王の井戸

昔、バーラーナシーの都に裕福な隊商王がいた。その息子はたいへん利発な子供だった。その子が成人して若く賢い隊商王となった。彼はバーラーナシーで商品をたくさん仕入れ、車に満載し、多くの商人たちを率いて商売の旅をした。その途中の道には、数々の難所があった。ある時、彼らはちょうどその難所にさしかかった。一同はひどくのどが渇いていた。するとそこに、うまい具合に井戸を見つけた。

「水だ、水だ。」
商人たちは大喜びで井戸をのぞいたが、その水はかれていた。
「井戸をもっと掘り下げれば、水が出てくるかもしれない。」
「うん、きっと出てくる。みんなで掘ってみよう。」
商人たちは、勇み立って井戸を掘り下げた。
すると、出てきた物は水ではなかった。なんと、次々にたくさんの宝石が出てきたのである。
「運がいい、我々は運がいいぞ。」
彼らは夢中で掘り続けた。掘り尽くしてそれを公平に分け合ったが、一人の取り分は相当な物であった。思いがけず財宝を手にした商人たちは、急に欲の皮が突っ張ってきた。
「ここにはほかにも、もっといい物があるに違いない。」
彼らは、一度掘り尽くした井戸をまた掘り返し始めた。賢い隊商王は心配そうに言った。
「もうよしなさい。がつがつ欲張るのは身を滅ぼすもとだ。わたしたちはもう、こんなにたくさん財宝を掘り当てたではないか。それだけで十分だ。これ以上は掘らない方がいい。何ごともほどほどにするべきだ。」
しかし、商人たちはそんな言葉には耳も貸さず、せっせと掘りまくった。
ところが、この井戸は竜王の住む井戸だったのである。竜王は、自分の住みかにどんどん土くれやゴミが落ちてくるのに、すっかり腹を立てていた。運悪く、ゴロゴロンと大きな石ころが竜王の頭にぶつかった時、我慢の限度を超えた竜王はさっと立ち上がり、商人たち目がけて毒の熱風を吹きつけた。
欲深い商人たちは、ひとたまりもなく吹き飛ばされて死んだが、賢い隊商王だけは助かった。必要以上に掘らなかった彼にだけは、竜が毒風を吹きつけなかったからである。竜王はのっそりと住みかから出てきて、宝をいっぱい隊商王の車に積んで言った。
「欲のないお方よ、あなたにはなにもいたしません。」
そして、恭しく礼をし、きれいな車に隊商王を乗せ、若い竜にそれを引かせてバーラーナシーに送らせた。竜の引く車は速かった。彼らは一瞬の間にバーラーナシーに着いた。若い竜は丁寧に財宝を家の中へ運び、住みかへ帰っていった。
隊商王はその財宝を売り、広く施しをした。戒めを守り、善行を積んで、死後は天界に生まれる身となった。

ジャータカ256

類話:六度集経1・8話

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