バラモンのくしゃみ

昔、バーラーナシーの都でブラフマダッタ王が国を治めていた時、剣のにおいをかいでその吉凶を占うバラモンが使えていた。

当時国中の刀鍛冶(かたなかじ)が、次々と王の剣を作っては宮殿に参上した。するとまず、そのバラモンが剣を受け取り、相を占った。ところがそのバラモンは、自分への贈り物によって占いの結果を左右するという、強欲な男であった。
「これはなかなかの吉相である。国王の持ち物にふさわしい。」
常日頃から贈り物を届けている刀鍛冶の剣についてはこのように言ってほめ、贈り物を届けない刀鍛冶のものについては
「これは凶相である。早々に持ち帰れ。」
と一蹴(いっしゅう)した。そのため、贈り物を届けない刀鍛冶の剣はどんなに優れたものであっても国王の目に触れることはなかった。
このことを怒った一人の刀鍛冶は、ある時剣のさやにコショウの粉を隠し入れ、それを持って宮殿に上がった。
早速、バラモンが剣相を占おうと剣を抜き、鼻先に近づけると、とたんにコショウが鼻に入り、思わず大きなくしゃみをした。と、剣は鼻を切り裂き、鼻先が床に落ちた。そのことはたちまちのうちに宮殿中に知れ渡り、国王の耳にも届くことになった。しかし国王はこのバラモンを厚く信頼していたため、同情してすぐに医者を呼び、治療させた。医者は傷が治った後、蝋(ろう)で鼻先の形を作り、バラモンの鼻にくっつけることにした。
さて、王には王子がなく、唯一人の王女と甥があった。王はこの二人を常に手元に置き、かわいがって育てた。二人は成長するにつれ、お互いに恋し合う仲になった。そこで、王は大臣たちを呼び集めて言った。
「私の甥をこの王位の継承者にし、娘をその妃としたいがどうか。」
そう言ってから少し口ごもり、しばらく考えていたが意を決したように言った。
「いや、私の甥と娘は血族同士だ。一緒にさせるのはよくないかもしれない。甥には他国から王女を迎え、娘は他国の王に嫁がせよう。そうすれば、私の血族はより増えることになり、また王統も二つできることになる。」
大臣たちはいろいろ協議したが、結局王の考えに従うことにした。
「とにかく、あの二人は別々にしなければいけない。」
王と大臣たちは、甥と王女を離れた土地に住まわせることにした。ところが、それはかえって火に油を注ぐことになり、二人の恋は激しく燃え上がった。
王子は、来る日も来る日も考えた。
──王女と一緒になるのでなければ、生きているかいがない。さてどうすれば王宮から王女を連れ出すことができるだろう。
そしてある時、王の近くに仕えている女の占い師を、高額の贈り物をして呼び寄せ、相談した。
「あなたは徳の高い占い師だ。あなたの力でできないことは、何一つないはずだ。どうか、何か理由を作り、王女を王宮から連れ出すよう取り計らってもらいたい。」
女占い師は答えた。
「王子さまの願いはよく分かりました。それでは、わたしは王さまに、このように申し上げましょう。『王女さまにはこのごろどうも悪霊がついているご様子です。これを追い払うには、王女さまを墓場へお連れし、祭壇の後ろの寝台の下に死人を寝かせ、その上に王女さまをお載せし、百八のつぼの香水を注ぎ、悪霊を洗い流すよりほかありません』と。そう申せば、きっと王さまは大勢の警護をつけたうえでお許しになるでしょう。そこで王子さまはその当日、わたしより先に墓場へ出かけ、寝台の下で死人になりすまして伏せてらっしゃいませ、コショウを少し持って。わたしが王女さまをお連れしたら、そのコショウを鼻に入れて、くしゃみを三度してください。そうしたら、わたしたちは大急ぎで墓場から逃げ出します。だれもいなくなったら、王女さまをご自分の家へお連れになればよろしいかと思います。」
「賢明なあなたのことだ。その策略のとおりにしよう。」
王子は喜んで同意した。

さて、女占い師は手はずどおりに整えると、大きな行列を作って墓場へ向かった。途中、歩きながら供の者たちに言った。
「いいか、わたしが王女さまを寝台の上に置くと、その下の死人がくしゃみをするかもしれない。くしゃみがやむと、悪霊は寝台の下から出てきて、だれでもいちばん先に見つけた者につかみかかるだろう。くれぐれもよく注意してほしい。」
これを聞いて供の者たちはおびえた。

さて、王子が手はずどおり先に行って寝ていると、女占い師は王女を抱いて祭壇の後方へ行き、王女にそっとささやいた。
「何も怖くはございません。」
そして王女を寝台の上に載せた。と同時に、王子はコショウをかいで大きなくしゃみをした。
その瞬間、女占い師は王女を振り捨て、大声を上げて逃げ出した。
「恐ろしや、悪霊がつかみかかるぞ。」
供の者も、先を争って墓場から逃げ出した。王子と王女を除いては、一人としてそこに残る者はいなかった。
王子と王女をはひしと抱き合った。久しぶりの再会だった。涙が止めどなく流れた。
「もう、どんなことがあっても離れない。離れて暮らすなら死んだほうがましだ。」
「わたしも同じです。王子さま、決して離さないで……。」
二人は長い間立ちつくしていたが、ふと我に返り、王子の住まいへと向かった。
女占い師は、すべてを王に語った。王はうなずいて言った。
「二人に死んでしまわれたのでは、もとも子もない。仕方がない。二人を許すことにしよう。なあに、もともとわたしは、二人を後には夫婦にと思って育てたのだ。」
王は、二人を晴れて結婚させることにした。
その後、王は王位を甥に譲り、王女を妃とした。

さて、先の剣相を見るバラモンは引き続き新王に仕えることになった。ある日、バラモンが王に会うために王宮にやって来ると、強い日差しに顔が当たり、例の蝋で作った鼻は、とろとろと溶けて地上に落ちてしまった。バラモンは恥ずかしさのあまり、顔を伏せて立ちつくした。

王はこれを見ると、笑いながら近寄った。
「バラモンよ、憂うことはない。くしゃみも、ある者には善であり、ある者には悪となる。お前はくしゃみのために鼻を切ってしまったが、わたしは王女をもらい、王位を得ることができた。」
そう言って、うたを唱えた。

全く同じ 出来事も
ある場合には 善(よ)しとなり
ある場合には 悪(あ)しとなる
一切すべて 善きものなく
一切すべて 悪しきものなし

ジャータカ126

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