ウズラ捕りとウズラ

昔、ある大きな森の中に、数千羽のウズラたちが住んでいた。

太ったウズラ、やせたウズラ、陽気なウズラ、泣き虫なウズラ、年取ったウズラから、まだ生まれたばかりの赤ん坊ウズラなど、様々なウズラが森ややぶの中に住んでいた。彼らは朝早くから目を覚まして、それはにぎやかに木の実をついばんだり、虫を食べたりしていた。
その森から少し離れた村に、ウズラ捕りの名人といわれる若者がいた。彼は、毎日たくさんのウズラを捕ってきた。そしてそれを都に都に売りに出かけ、高い値段で売って金儲けをしていた。
「いったいお前さんは、毎日あんなたくさんのウズラをどうやって捕るんだい。」
村人の一人が、うらやましそうに若者に聞いた。
「なあに、ちっとも難しいことなんかありゃしないさ。おれはただ、ウズラの鳴きまねがうまいだけだよ。俺はいつも森へ行って、ウズラの仲間のふりをして、ウズラの声のまねをして誘い出すんだよ。」
「人間の鳴きまねで、本当にウズラがやって来るのかい。」
「やって来るとも。おれが鳴くと、あっちこっちの茂みの中や木の枝から、本当におかしいようにウズラが寄ってくるんだ。」
若者はおもしろくてたまらないといった顔をして、声を立てて笑った。
「へえ、そういうもんかねえ。それでお前さんは寄ってきたウズラをどんな風に捕るんだい。」
「そうなんだよ。それからが大事なことなのさ。」
若者は得意げに、少しもったいぶった調子になって、ウズラ捕りの秘訣(ひけつ)を話した。
それは、若者の鳴きまねでぞろぞろと集まってきたウズラの上に、上手にふんわりと網を投げ、そしてゆっくりと網を引いていくという方法だった。投げた網の中に、何十羽というウズラがたちまち生け捕りにされてしまうのだ。
村人に自慢した若者は、毎日毎日足取りも軽く森へ出かけた。そして口先をとがらせ、舌を丸めて、優しく楽しそうにウズラを呼ぶのだった。その声がウズラたちに心地よく聞こえるのか、相変わらずやぶの陰、茂みの中から若者の声に誘われて、ウズラたちはぞろぞろと集まってくるのだった。

何千羽のウズラたちの中にも、落ち着いて考え深い、賢いウズラもいた。そんな一羽の注意深いウズラは、毎日毎日、仲間のウズラが若者に生け捕りにされてしまうのを情けなく思っていた。網を投げてからはっと気がついて、悲しそうに鳴きわめく仲間たちが哀れでならなかった。
──ああ、どうすればあのウズラ捕りの巧妙な手段から逃れることができるんだろう。

一生懸命考えた末に、一羽のウズラの力ではどうにもならないことに気がついた。
「そうだ、みんなで力を合わせるんだ。そうしなければ助からない。」
そこで森中のウズラたちに呼びかけた。
「みんな、毎日あのウズラ捕りのために仲間を殺されていくことはつらいことだと思わないか。もしかしたら、今度は自分が捕らえられるかもしれないんだ。そこでわたしは、もし運悪く捕らえられても、うまく助かる方法はないかどうか考えてみたんだよ。これから話す方法は、きっとうまくいくと思うんだ。」
「昨日、友達のウズラがやられるのを、ぼくは見てしまったんだ。あっという間に網の中に入れられてしまうんだよ。それをどうやって逃げるというんだい。」
「そうだよ。網は大きな雲のように、音もなく頭の上に広がっていくんだよ。あの中に入れられると、身動きできなくなるらしいよ。」
ウズラたちは、あの若者の投げる網の恐ろしさを話しながら、賢いウズラがどんな名案を考えたのか、彼の話に耳を傾けた。
賢いウズラは、落ち着いた静かな声で話し始めた。
「朝になるといつものようにウズラ捕りが来る。そして、例の優しい声で、おいで、おいで、おもしろいことがあるんだよ、とばかり呼びかける。本当はあの声についていってはいけないのだけれど、仲間の声と聞き分けがつかないほどあの声は巧妙だ。つい、なんだろうと思って、ついていってしまうこともあるだろう。それからがとても大切なんだ。いいかい、もしあの怖い網が天から降ってきて、頭の上にふわっとかかったとき、その時こそ慌てちゃいけないんだ。その時が生きるか死ぬかの分かれ目なんだよ。」
ウズラたちは、頭の上に網が投げかけられてきたときを思い描いて厳しい顔になり、話の続きを聞いていた。賢いウズラは、三つの作戦を提案してきた。まず、網にかかったその時、それぞれのウズラは静かに慌てずに、自分の頭を網の目の中に入れてしまうこと。次に、だれかの合図でみんないっしょにその網を持ち上げること。そしてみんなで持ち上げたまま飛んでいってイバラの生えている所へ網を持っていく、という作戦だった。
また、そのイバラのために網は地面にぴったりと張りつかない。そのすきまを急いでくぐり抜けて逃げることができる。そうすればウズラ捕りはイバラのために網が取れず、難儀をするのは確実だというのだった。
「なるほど。」
「それならば、みんなでやればできそうだ。」
「みんなでいっしょに網をイバラの所へ持っていけば、後はわけないね。」
ウズラたちは彼の話した方法を納得して、またにぎやかに木の実や虫などを採りに、森の中に散っていった。

さて、若者はウズラたちがそんな相談をしたことなど夢にも知らず、今日もたくさんのウズラを捕ってやろうと、元気よく森へやって来た。

例によって、優しい声を出して、ウズラの鳴きまねを始めた。ウズラたちは若者が呼んでいるのだということを忘れ、仲間の声と間違えて、うかうかとその声のする方へ集まっていた。数十羽集まってきたのを見ると、若者は、それっとばかり得意の網を投げかけた。
「あれっ。」
若者は自分の目を疑った。いつもならそこでウズラたちは泣き叫び、ばたばたと羽を広げたり、大慌てをするはずなのだ。ところが今日は、一羽のウズラの鳴き声も聞こえず、羽を広げてもがくウズラたちもいない。驚いているうちに、網は投げられた形のまま地面から浮き上がり、動き出したのだ。そしてイバラの生えている辺りで止まった。
「おれの目がどうかしたのかな、網が動き出すなんて。こりゃあどうしたことなんだろう。」
若者は、イバラの上に広げられた網をたぐり寄せようとした。ところが網は、イバラのとげにひっかかって動かない。手をとげだらけにしながら、若者はやっとの思いで網をイバラから外し、中を見た。ところがそこには、一羽のウズラも見当たらなかった。

その日の若者は、何回も何回もウズラの声をまねて鳴き、そのたびに網を投げた。けれども結果は同じで、一羽のウズラも捕ることができなかった。

すごすごと家へ帰ると、若者の妻は夫が一羽のウズラも捕れなかったことに驚いた。こんなことは結婚してから初めてのことだった。が、その翌日も翌々日も、夫は森へ出かけては、また手ぶらで帰ってくるのだった。妻はたまりかねて、顔色を変えて怒った。
「あなた、このごろ森へ行くと言って出かけるけど、本当は森へなんか行かないのでしょ。森へ行ったふりをして、どこかで一日中楽しく遊んでるんじゃないの。」
「とんでもない、おれは毎日いつものように森へ行ってるんだ。だけど、いったいどういうわけかウズラたちが今までと違ってしまったのだ。ウズラのやつらめ。何十羽というウズラが妙に気を合わせておれの網を上手に抜け出していくんだよ。本当に不思議なことがあるもんだ。」
「それでこのごろ、一羽のウズラも捕れないのね。そうだとしたらわたしたちがお金に困るじゃないの、あなた、どうしてそう落ち着いているのよ。」
「だってね、お前も知ってのとおり、ウズラっていうのはあまり利口な鳥じゃない。それに飽きっぽい鳥だからさ、今はおれの投げる網の目をくぐって逃げる事がおもしろくてたまらないのだろうけど、もう少し待っててごらん。また前と同じように、網いっぱいのウズラを捕って帰ってくるよ。今はただ、おれとウズラの根比べだよ。」

気を合わせ 心を合わせてウズラらは
網を持ち上げ 持ち去るが
もうすぐたぶん 仲間割れ
ウズラはしょせん ウズラだよ
たちまち おれの網の中

若者は朗らかな声でうたった

それから数日後、一羽のウズラが虫を捕りに地面に降りた時、ちょっとした弾みで、そばにいた仲間の頭を足で踏んでしまった。

「いたたた、お前、なんの恨みがあっておれの頭を踏みつけるんだ。」
「まあそう怒るなよ。物の弾みさ、わざとしたわけじゃないんだ。なにもそんなに口をとがらせて怒らなくたっていいじゃないか。」
「なんだ、おれの頭を踏みつけておいて言いわけばかりして、一言も謝りもしないで。」
言い合っているうちに、どちらも後にひかずにとうとう本当のけんかになってしまった。
賢いウズラは、そんな二羽のウズラの様子を少し離れた所でながめていた。そして思った。
──つまらないことにすぐにかっとして頭に血が上り、怒ったり、どなったり、けんかをする者には困ったものだ。あんな風じゃ絶対幸福というものはないだろう。あのウズラ捕りの網の中で、今のように踏んだとかつついたとかの言い争いが始まったら最後だ。彼らはきっと網の中でもけんかを始めることだろう。そして、あの力を合わせて網を運ぶということはできなくなってしまうのだ。ウズラ捕りはまたもとのように、網いっぱいのウズラを担いで帰るだろう。わたしは生け捕りにされるのなんか真っ平だ。あんなけんか好きの仲間がいる限り、破滅は目に見えている。もうこの森に住んでいることはできない。どこか静かな、ここ安らかに暮らせる所に越そう。
賢いウズラは、自分と仲の良い仲間たちとそろって森を出ていってしまった。
村の若者はその二、三日後、またもとのとおりウズラの鳴きまねをしてウズラを呼び集め、巧みな手さばきで網を投げかけた。ウズラたちは、最初はみんなで網を持ち上げようとした。ところがそのうち、網の中でけんかが始まった。
「君のくちばしの先で、わたしの毛が抜けてしまったじゃないか。君が持ち上げろよ。」
「お前のせいで翼の羽が抜けたじゃないか。お前こそ自分で持ち上げろよ。」
言い争いは激しくなり、あのイバラの生えている所まで力を合わせて網を運ぶことなど、みんなが忘れてしまっていた。
「お帰りなさい。まあたくさんの獲物だこと。」
村の若者の家では、妻がいそいそと森から帰った夫を迎えていた。

ジャータカ33

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