減らない酒

昔、バーラーナシーの都で、ならず者たちが、酒代を工面するために悪い相談をしていた。
「どうだい、兄弟。このごろは景気が悪くっていい酒も飲めないや。何かいい話はないかい?」
「いい酒どころか、悪い酒だって飲めないや。貧乏人のつらさよ。」
「そうよなぁ。そこへいくと、あのお城の財務官のだんなは、大した景気だな。」
「おれはこの間、道ですれ違ってちらっと見たけれども、すごい上着を着ていたっけ。」
「上着もりっぱだけど、あの右手の指にどっしりとはまっている指輪を見たかい。ウズラの卵くらいのルビーだぜ。それといっしょに、黄金の厚いハンコのついた指輪。あれがあると、あのお方の家屋敷が売買できるんだと。」
「へえ、なんだか夢みたいな話だなぁ。でも、おれたちには縁のない話よ。」
「そうでもないぜ。」
その時、今まで黙って聞いていた、いちばんたちの悪そうな男がすごみのある声で言った。
「いいか。よく聞きな。」
男はそして、五、六人のならず者たちになにか耳打ちした。
男たちはうんうんとうなずいた。
「さすが、兄き。知恵者だなぁ。」
そう言って、男たちはそそくさと散っていった。

「いったい、どうした風の吹き回しかな。」

財務官は、手入れのよく行き届いたひげをなでながら独り言を言った。いつもは顔を見ただけでこそこそと隠れてしまう、あの札つきの町のならず者の一人が、
「いつも財務官さまを敬ってます。そりゃあね、あっしどもはくず同然の人間だけど、やっぱり人間と生まれたからには、一度でいいから財務官さまのような偉いお方と酒を飲んでみたいと思いましてね。へえ。」
と言いながら、近寄ってきたのである。思いがけぬいい酒が手に入ったから、町のすみの小さな自分たちの酒場に、一度酒を飲みに来てください、と誘ってきたのだった。
「おかしい。まあ、殊勝だといえば殊勝だが、そんな甘い連中だとは思えないし。はてな。」
それでも財務官は、その酒場へゆうゆうとした足取りでやって来た。
「おお、これはこれは。よもや、お出かけくださるなんて思いませんでしたが、なんともありがたいことで。」
使いにきた男は、もみ手をしながらそわそわと仲間に合図した。どうぞどうぞと輪になって座った彼らは、財務官に一びんの酒を勧めた。
「さあさあ、お飲みください。この酒はうまいですよ。」
黙ってじっと皆の様子を見ていた財務官が、さっと手を出して酒びんを取った。
「そんなにいい酒なら、わたし一人で飲むのはもったいない。さあさあ、わたしのおごりだ。遠慮をせずにぐっとあけておくれ。」
そして、もじもじしているならず者たちの杯に一つ残らずその酒をついだ。
さあ、いっしょにと言いかけた時、ひとりのならず者が、ぶるぶる震えながら立ち上がった。
「どうかしたかね。」
「へえ、あの……。」
「あ、あっしも。」
隣の男も立ち上がった。
「おれも。」
「どうしたんだ。」
「あの、急に用を思い出しまして。」
「お前は?」
「気分が悪くなりまして……。」
「お前は?」
次々に立ち上がる男たちを、止めもせずに財務官はながめていた。最後に、真っ青な顔をしたいちばんたちの悪そうな男が一人残った。
「お前も急用ができたんじゃないのか?」
財務官は、いかにもおかしそうにその顔を見た。
「だんな、堪忍しておくんなさい。あっしは、ただ頼まれただけなんですから。」
「ほう、しかし、まあせっかく二人っきりになったんだから、その酒を飲んだらどうかね。もっともその様子じゃ、しびれ薬が効いてきても、はぐ物なんてなにもなさそうだがね。」
「だんな、すみません。出来心なんですから。」
──こんなことをしていつも町の人をいじめているのか、これは大掃除をせねばならぬわい……。
財務官は心の中で舌打ちをした。家に帰って財務官は酒場の一部始終を妻に話した。
「まあ、それは危ないことをなさいました。どうしてそんな所へ、知っていてお出かけになったのですか。」
「どんな風に悪いことをするかを見ようと思ってな。」
「でも、その酒がしびれ薬だなんて、どうしてお分かりになったのですか。」
「ははは……なんでもないさ。わしがじっと見ていたら、その酒だけはだれも手をつけないんだ。ほかの酒はどんどん減っていくのに、そのびんだけは減らないのさ。そのくせ、やつらはそのびんばかりほめ続けているんだ。あのばか物めらが。」
財務官は、その妻の手から、汚れのないお茶を一杯、さもおいしそうに飲んだのであった。

ジャータカ53

もくじへ