シャコの知恵

昔、ヒマラヤの山の中にニグローダ樹(別名ベンガルボダイジュ)の大木がそびえ立っていた。その木の下には、シャコという小さな鳥と、サルと象がいっしょに暮らしていた。

象は重い物を運んだりする力仕事を受け持ったし、サルは木から木へ飛び回り、食べられそうな木の実を落としたり、遠くの様子をながめてみんなに知らせたりするのが仕事だった。だが、シャコは小さくて象のような力もないし、サルのように素早く動き回ることもできなかった。せいぜいサルの落としてくれた木の実を食べ、象の後ろにくっついて回るぐらいだった。
そうやって長い間生活していくうちに、三匹は、いつからとはなしに、なんとなく仲が悪くなっていった。
象は思った。
──おれは毎日重い物を運んで汗を流して働いているというのに、サルのやつめ、いつも木の上で調子に乗って大騒ぎしている。そのくせ、あいつの仕事ときたら、適当にその辺りの木の実を落とすだけなんだから簡単なものだ。第一、いちばん賢いのはこのおれだし、年だっていちばん上じゃないか。
象はそう思うとどうしようもなく腹が立ってきて、サルの所にそれを言いにいった。
一方サルはサルでこう思っていた。
──象のやつは楽でいいよ。ばか力を出して荷物でも運んでいればそれでいい。このおれときたら木の枝から枝へ飛び移って、木の実を一つ一つ確かめてよく熟れているのだけを下に落とすんだ。おまけにその間も、木の上から辺りを見回して、危険な敵がいないかどうかまで気を配らなきゃいけない。なのに象のやつときたら、そんな苦労も知らないで、山のような木の実をペロリと平らげる。第一、いちばん賢いのはこのおれだし、年だっておれがいちばん上だぞ。
そう考えると、サルもたまらなくなって、今日こそは象に一言言ってやるぞと思って、木の下へ向かった。そして向こうからやって来る象を見つけると、いきなりこう言った。
「象よ、だいたい象っていうのは、みんな年上の者を敬わないように教えられているのかい?ええ、どうなんだ。」
それを聞いて、象のほうもかっとなって言い返した。
「なんだと、そういう自分はどうなんだ?賢い年上の者を大事にしないのはサルのほうだろう。」
象とサルはお互いに相手のことをにらみつけた。シャコもちょうど木の下にいたけれど、なにも言わずに黙っていた。
それからひとしきり、象は自分の体の大きいことや力の強いことを自慢した。そして、年も取っていて経験もずっとサルより多く、考え方が地についていて、サルのようにちゃらちゃらしていないんだと言い張った。
またサルのほうも、自分がどんなに素早く動くことができ、遠くの木の枝にも飛び移れるかを自慢した。そして、目先ばかりでなく遠くのことを見ているので、象のように凝り固まった考えをせずに、物事を正しく見られるんだと言った。もちろん年だって自分のほうが象より上だと言ってきかなかった。
象とサルはそうしてしばらく口げんかをしていたけれど、結局は力の強いこととすばしっこいことを比べることなどはできるはずがない。しかし、どちらが年が上かということだけは、決着がつけられそうだ。
象が言った。
「そうだ、お互いに、このニグローダの大木をどのぐらいの時から知っているか言うことにしようじゃないか。そうすればこの木をより小さい時から知っているほうが年上だと分かる。」
「そりゃいい、そうしよう。」
サルもうなずいた。
まず、象が話し始めた。
「おれは子供のころ、この木をひょいとまたいだもんさ。その時、いちばん上の枝がおれのへそに触ってくすぐったかったことをはっきりと覚えている。だから間違いない。ほら、今のあの枝だ。」
象は鼻で木のこずえをさした。
サルも負けてはいない。
「ふん、そんなものか。おれが子ザルの時なんか、地面に座り込んでひょいと首を伸ばせば、あの木のいちばん上の枝に届いたぞ。そこに出ていた木の芽を、よく食べたから間違いない。おれのほうが、この木が小さい時から知っている。子ザルの座った高さのほうが、子象のへそより低いからな。」
サルは得意そうに言った。
「いや、そうじゃない。おれは子供のころ、体が小さくてな。へそはこの辺りだった。」
象は鼻で、昔のへその高さをさしてみせた。
「おれの座った高さは、これぐらいだぞ。」
サルも手でやってみせた。あのくらい、いや、このくらいと彼らはまた言い合いを始めた。これもいつまでやっても同じことで決着がつかなかった。
サルは腹立ち紛れに、そばで聞いているシャコに向かって言った。
「なんだ、お前はさっきから黙っているけど、どうなんだ。」
「そうだ、お前も言ってみろよ。俺たちより年が上なら、言うことを聞いてやってもいいぞ。」
象が半分ふざけて言った。
「君たちはこの木が小さい時から知っているんだね。」
シャコが言った。
「ああ、そのとおりだとも。」
象とサルはばかにしたように言った。
「わたしが小さい時には、もうここに大きなニグローダの木が生えていた。」
シャコが言うのを聞くと、象とサルは、
「ほらみろ」
と手をたたいて笑った。
ところがシャコはその先を話し始めた。
「わたしはよくその木の下で、落ちている実を食べたんだが、ある日のこと大木は年を取ってとうとう倒れてしまったんだ。わたしはそれを見ていた。そしてそこでふんをしたら、中に種が残っていたらしい。いつの間にか芽が出てきて伸び始めた。それが今じゃあ、こんな大きな木になっている。もともとこの木は、わたしのふんから生えてきたんだ。」
それを聞くと、象もサルも口をあんぐり開けたまま、なんにも言えなくなってしまった。そして自分たちがずいぶんばかなことで言い争っていたことに気がついた。
いちばん賢いのはシャコだということが分かった。
それからというもの、象とサルは二度とばかなけんかもしなくなり、知恵のあるシャコの言うことを聞いて、いつまでも仲良く暮らしたのだった。

ジャータカ37

類話:五分律17、十誦律34、四分律50、摩訶僧祗律27、大智度論12、出曜経14

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