葦(あし)の茎(くき)

昔、ある森の中にハスの花が咲いている美しい池があった。池の周りはたくさんの葦(あし)で覆われていた。そこには、森に住んでいる羅刹(らせつ)という恐ろしい鬼が毎朝早くやって来て池の中に隠れ、動物たちが水を飲みにやって来ると、それを片っ端から水中に引き込んでは食べてしまうのだった。

ある時、賢い王に率いられた八万匹のサルの群れがここにやって来た。サルの王は、森に入ってしばらくすると皆に命令した。
「この森にはなにかおかしなものが住んでいるような気がする。いいか、みんな。わしが確かめるまでは、知らない木の実を食べてもいかんし、初めての所で水を飲んでもいかんぞ」
王を信頼しているサルたちは、みんな素直に、
「分かりました」
と答えた。
そうしてサルたちは、よく気をつけながら森の中を進んでいった。途中でだれかが木の実を見つけると、キャッキャ、キャッキャと言って王に知らせた。王はすぐにそこへ飛んでいって、辺りを調べ、においをかぎ、味をみて食べていいものかどうかを確かめた。
八万匹のサルたちは、おなかのほうはいっぱいになったけれど、いつまでたっても水が見つからず、のどが渇いてきた。小さな小川一つないのだ。
仕方がないので、サルの王は家来に命じて、水がないかどうかあっちこっちに調べにやらせた。
「いいか、水を見つけても、わしの言ったことを忘れるなよ」
サルの王は皆に注意を与えると、残ったほかのサルたちといっしょに待っていた。
水を探しにいったサルたちは、森のいろいろな方角に散らばってみたが、さっぱり見つからなかった。それもそのはずだった。あの鬼が、不思議な力でみんな隠してしまっていたのだ。そして、ただ一つ外から見える水場といえば、鬼のいる池だけだったのだ。
やがてサルたちの何匹かがそこへたどり着いた。ハスの咲いているきれいな池を見つけて、みんなは喜んだ。すぐに水を飲もうとしたのだけれど、王が言ったことを思い出した。
──それにのどが渇いていいるのは待っている仲間も同じことだ。まずみんなに知らせなくてはいけない。
そう思うと、その中でも一番声の大きなサルが、森中に響くような声で鳴いた。その声はどんな鳥の声よりもよく通り、木々に当たっては跳ね返り、待っているサルの王の所にも届いた。
「見つかったらしいぞ」
王はそう言うと、残った者を率いてその声のする方に向かっていった。森に散らばっているほかのサルたちも、それを聞いて集まってきた。
水辺にたどり着くやいなや、サルの王はなにか不吉なものを感じた。
「王さま、この池を見つけましたが、わたしたちは水を飲まないでお待ちしておりました」
それを聞くとサルの王はうなずいた。
「それでいい。ここはなにかおかしい。お前たち、もっと水から離れていろ」
水辺にいたサルたちはみんな後ろに下がった。そしてサルの王は、水際を調べて回ったり、少し遠くから水の中をのぞき込んだりし始めた。
一方、水の中の鬼は、よだれをだらだらと垂らして待っていた。
──八万匹のサルがいっぺんにやって来るなんてめったにないことだ。さぞかし食べがいがあることだろう。それにサルはおれさまの大好物だ。
鬼はそう思ってにんまりと笑った。
けれどいつまでたってもサルたちは水に近づいてこなかった。動物は水を飲んでいる時がいちばん注意力を失っているから、水の中から近づいて、次々と首根っこをひっつかんで、中に引きずり込めばいいのだ。でも水に近づいてこなければどうしようもない。
ハスの葉の陰から外をのぞくと、サルたちはにんなのどが渇ききって、早く水を飲みたくて仕方のない顔をしていた。
──あれなら、必ず水を飲みにくるぞ。
鬼はほくそえんだ。けれど、その中に1匹の体の大きいりっぱなサルがいて、池の周りを回っては、しきりになにか調べていた。
──あいつか。あれはサルの王だな。なにか感づいているらしい。だけどそうしたところで、サルたちはもう水を飲まずにはいられないだろう。どうせほかに水場は見つからない。やつらはここで飲むしかないのだ。
鬼はそう思った。サルたちはみんな水をうらめしそうにながめていた。でも、おなかがすいて、早く食べたくていらいらしているのは、鬼も同じだったのだ。
「いくら調べても同じだ。どうせここで、水を飲んで、おれさまに食われるのだ。同じことなら早くしろ」
鬼はぶつぶつ言った。
さてサルの王は、ようやく水際にさるのものではない足跡を見つけた。それは、朝、鬼が森からこの池の中に入った時についたものだ。だからその足跡は池の中に向かっているだけで、池から外に出ていったものはない。
「みんな、よく聞くがいい。この池の中には鬼が潜んでいるぞ。たぶん、水を飲みにくるものをねらっているのだろう」
サルの王は水辺の葦の所に立って言った。水の中で鬼が、
「ちっ」
と舌を鳴らした。
サルたちはどよめいた。そして一匹が言った。
「けれども王さま、ほかには水のある所はありませんでした。どうしたらいいのでしょうか。この水を飲まなければ、みんなのどが渇いて死んでしまいます」
「いいぞ、いいぞ」
水の中で鬼が言った。
するとサルの王は答えた。
サルたちは顔を見合わせた。水の中で鬼は首をかしげた。
サルの王は池の周りに数えきれないほど生えている葦を見回して、それからなにか呪文を唱えながら、池の周りを回った。そして一本の葦を取って口に当てると、フッと吹いた。すると、その茎の中身は飛び散って、葦の茎は空洞(くうどう)となったのだ。それから王は、周りの葦を見回すとおごそかに命令した。
「すべての葦は皆、空洞となれ」
すると、そこにあったすべての葦は、みんな中が空洞になって、ちょうどストローのようになったのだ。
王はみんなに、それを一本ずつ取るように言った。
そして八万匹のサルたちは、池を取り囲んで、少し離れた岸辺に座ると、水の中に葦の茎を入れて、いっせいにチューチューと水を飲んだのだった。
見る見るうちに池の水はなくなり、鬼の青い腹、白い顔、赤い手足が見えてきた。鬼は唖然(あぜん)として、池の真ん中でハスの花を頭に載せたまま、立ちつくしていた。
こうしてサルたちは十分水を飲むと、鬼のことを笑いながら、引き上げていった。葦の茎が空洞になったのは、この時からだといわれている。

ジャータカ20

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